傷だらけの悪魔 感想24 雑談編④<獲物>

約 4 分


COMICOで連載中の「傷だらけの悪魔」の感想です。

今回で雑談編も4回目です。

今回は「過去悪いことをした人は死ぬまでひきずって生きないといけないのか?」を考えたいと思います。

舞は詩乃に「悪いこと」をしました。

反省しなかったら「カス」でしょうか? 反省するまで「まともな人間では無い」のでしょうか?

私はどちらもNOだと思います。

人は反省無く自己のために生きて良いと思います。

人は生きていく上で様々な悪いことを働きます、 それを全て反省して清算しながら生きてる人間なんていないんじゃないでしょうか?

「生きているだけで他人を傷つけている」と言う人もいます。

他人を傷つけたからと言って自分が生きることをやめるべきでは無いです。

むしろ全ての人が傷つけあいながら生きていると思った方がいいでしょう。

過去は今と未来の糧にすればいいだけです。

それを反省と言うのなら反省するべきなのですが、気づかずに人を傷つけていることが膨大な量あるでしょう 気づいてないのだから反省のしようがありません。

そのまま反省せずに生きていくものです。

物事の善悪は時代によって変化するでしょう。

自分の子供にご飯を食べさせるために盗賊を働くのは善でしょうか?悪でしょうか?

盗賊をしないと生きていけないのなら盗賊をするしかないんじゃないでしょうか?

生きることが先決でしょう。

もちろん現代の日本だと盗賊をするほうが生きていけなくなりますが。

話は変わりますが私は猫を飼っているのですが、とても可愛いです。

なついて抱きついてきます。

猫をだっこしながら撫でながら、「哺乳類の子供ってみんな人間みたいに可愛いな」と思います。

猫じゃなくて豚でもかわいいでしょう。

「食べるための豚だったら可愛がらない方がいいだろうな」

と思うのですが 誰のため?と考えたら自分の心を壊さないためなんだろうと思います。

「可愛がって」とかけよってくる豚さんは、肉になる日まで可愛がってあげた方が幸せに暮らせるだけマシです。

でもマシなだけで、やっぱり肉にするのなら残酷な最期を迎えることには違いがありません。

私はいつもここで考えるのをやめます。

鬱になりそうな気分になるから(笑)

他人に対してもそういうことはあるような気がします。

「誰かの命や大切なモノを奪って平然として、反省もせず、楽しく自分の快楽のために生きる」 そうしないと生きられない現実ってのはある。

私は「弱いもの虐めをしろ」とか「人を騙しながら生きろ」などと言う気は無いです。

むしろその逆、そんなことはしないように生きないといけない。

「でも自分のために誰かを犠牲にする場面ってあるでしょう?」とも思うのです。

例えば「競争」って誰かが蹴落とされることもあるでしょう。

現代社会で競争を否定できますか?

そして競争で「勝つ」優越感を持つことは悪いことなのですか?

「誰かをよってたかって虐めたい」という感情は人間が持って生まれてくるものです。

「持って生まれてくるので」誰かが虐められます。

そして虐めたほうは忘れてしまい、将来は立派な人になったり素敵な人になったりします。

それでいいと思う。

「虐めやめたいよね」賛成です。

「虐めが無くなるように」考えることも賛成です。

幸福の追求は全ての人がするべきで、過去悪いことをした人、悪いことをしたことを反省しない人は除外するなんて考えは反対です。

全ての人が悪人の面はあるし、反省してないことはたくさんあるはずです。

「恨まれても憎まれても」生きるべきです。

虐められっ子の方もね「自分がどんなに価値の無い人間のような気がしても」生きるべきです。 みんな生きる努力を続けるべきです。  

詩乃舞トイレ0402



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