傷だらけの悪魔 感想23 雑談編③<復讐>

約 3 分


COMICOで連載中の「傷だらけの悪魔」の感想です。

雑談編③ 復讐ってのは是か非か考えてみたいと思います。

「葛西みたいなのは痛い目みないと他人の痛みがわからないんだよ、だから復讐して良かったんだよ」

「だから葛西は虐められて良かったんだよ」

”痛い目を見たら人は他人が痛いことが理解できる”ってのは本当なのかどうかわかりません。

そんな気もするし、「そんなことは無い」と言いたい気持ちもあります。

ただ「私の気持ち」が現実とは違う可能性もあるので「そんな気もする」わけです。

人は殴ったり蹴られたりパシリでパンを買いに行ってる間に優しくなるものなのでしょうか?

「パシリやってお前優しくなれたな!パシリやって良かったな!」

なんてことがあるんだろうか?

でも逆に「それがいかに辛いことか理解するってのは、人の気持ちを理解することに繋がるのではないか?」と言われたら否定できない気もします。

「王様が庶民と一緒に働いてみたら、庶民の労働が大変だってわかった」的な話です。

「経験してわかった」って奴ですね。

でも酷い目にあって学習するのは相手を酷い目にあわせる方法・・・のような気もします。

主人公舞は「虐められることによって、虐められた詩乃の気持ちがわかって良かったね」とコメント欄で言われています。

実際漫画でもそのように描かれているように見えます。

舞の視点で復讐は良かったのか悪かったのか考えるのは難しい

(私的には、最近思いやりのある子に変化してきてるのは、舞の元々の性格で、虐められたからではないような気がします)

詩乃の視点で考えると「復讐は良くない」と言えるでしょう。

復讐って過去にとらわれて考えたり行動することですからね。

過去のある一つの点ばかりを思い出しながら、その想い出を消すために頭をいっぱいにするのは良くないことでしょう。

詩乃にとっては意識を「今」に持ってきて、「未来」を考えるのが精神的には良いと思う。

だけど、一度過去にとらわれだすと同じところを意識が回り続けてそこから逃れられなくなる。

私は「復讐」に思いを巡らせたことは無いですが、ノイローゼ的になった時に 過去の一点から意識が抜けれなくなって苦しかったことがあります。

「ハムスターが滑車を永遠に回しているようだ」と感じました。

詩乃も過去にとらわれていてはいけないでしょう。

でも自分の力でどうにかできるものでも無いこともわかる。

苦しい、辛い、もうやめたいと思いながら滑車を回すことをやめられない。

「復讐は是か非か」 「そりゃあ非に決まってるよ」と私なら答えます。

非だとわかっていても、やめられないんです。

「自分でも」だし「誰かの力を借りたとしても」です。

どうすれば止まるのかわからない。

「誰か詩乃を助けてください」と願ってくれる人はいるのだろうか?

「復讐は非」でも「詩乃はもうすぐ壊れるから、復讐も終わるし、詩乃のすべてが止まる」 そういう時が迫ってる気がします。

ライン風クラスメイト会話

 



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